【アルバムレビュー】EVISBEATSが到達した新境地。『That’s Life』

遠くから聴こえてくるような上音。
少ない音数で構築されたドラムループ。
奥行きや温度感までコントロールするようなエフェクト。

僕はそんなインストのビートに目が無い。

どれくらい好きかというと、iTunesやBandCampで購入した ありとあらゆる国のビートメイカーの音源を繋いでオリジナルのミックスを作成し、SoundCloudにあげるという行為を、かれこれ8年近く続けているくらいだ(2023年3月現在、UPしているミックスは28本にのぼる)。

逆に90年代のクラシックのHIPHOPや、現行のHIPHOPの音楽やアーティストの情報には疎い。ストリートダンサーとしてそのあたりの曲や知識もおさえるべきなのだが、どうしても、インディーなビートメイカーの知られざる音源をゲットしたいという欲求から抜け出せずにいる。「誰も知らないけど自分だけが知ってるヤバいビート…」と真夜中にニヤニヤしながらBandCampの膨大な音源の海を泳ぐのが僕の趣味なのだ。

無限の解釈が可能なインスト音楽。

冒頭からいきなりニッチな変態性をさらしてしまったので少し真面目な方向へ。

ラップの入った曲と違い、聴き手側に無限の解釈の余地があるところがインストビートの最大の魅力ではないだろうか。少なくとも「こう受け取ってはいけない」という決まりはない。僕が尊敬する音楽ライター/ジャーナリストである渡辺志帆さんも、Budamunk御大へのインタビューで、インストアルバム『Movin’ Scent』への感想として「聴くシチュエーションによって聴こえ方、想像することがまったく違う」とおっしゃっていて、Budamunkさんもそれに対し「(言葉がなく)音だけだからいろいろ想像できるのがインストの良いところですよね」と返している。このインタビューには強く頷かされるものがある。

 

インストマニア。はじめの第一歩。

そんな僕が、インストのビートを好きになったきっかけとなった出来事がある。

2013年の冬、僕が大学時代に住んでいた長野県のとあるパーティに、奈良出身のビートメイカー/ラッパー/プロデューサーであるEVISBEATSさんがゲストDJとして来る機会があった。2012年リリースのアルバム『ひとつになるとき』で、『ゆれる』『いい時間』などチルでメロウな名曲を生み出し、同時期に野外フェスにも頻繁に出演するなど、全国的に名前が知れ渡っていた。

EVISBEATS&田我流のタッグは間違いない。いつの時代も…。

彼は当時からインストの音源も多数リリースしていた(もちろん今もなお!!)けど、当時の僕は、インストのビートというわけでもなく、彼に対してもチルな日本語ラップのラッパー/トラックメイカー?」という認識だった。実際、彼はそのパーティでグルーヴィなDJプレイを披露し、ラストには『いい時間』のオケでマイクを握って生で歌うという粋なパフォーマンスまで披露してくれた。当時22歳の僕もそのDJ&ライブに相当食らったようだった。

昔の自分の投稿をさらすのはめちゃくちゃ恥ずかしい…。

が、僕のインストマニアへの第一歩は、彼のDJタイムではなく、そのパーティの後に起こったのだった。当時「物販ブースを見かけると何かしら買ってしまう病」を患っていた僕は、キャッシャー脇に並べられていた彼のCDを発見すると、大してタイトルやジャケも確認せず、脊髄反射的に購入した。それが僕をインストビートの沼に引きずり込んだミックスCD型のアルバム、『SKETCHBOOK』との運命的な出会いだ。家に帰って、そのアルバムを聴いた時の心地良さは今でも忘れない。そこには単なる”チル”という言葉だけではとうてい形容し尽くせない、広く深い世界が広がっていた。

24トラック中、ラップの入った曲は4曲。『ゆれる feat.田我流』のRemixなど、このアルバムでしか聴けないようなレア音源も収録されていて聴きごたえがあるけど、僕は当時、何よりこのアルバムのインストのトラックにひどく感動した

穏やかながらしっかり腰が入ったビートパターン。何度繰り返しても嫌にならないスムースな上音。アジアの情緒を感じさせる打楽器や管楽器、弦楽器。ときおり茶目っ気をのぞかせるサンプリングやタイトル。それらの構成要素が、EVISBEATSというアーティストの世界観を表し、彼の人柄をも滲ませている。それらのビートに打ちのめされたのが、僕がインスト音楽にどっぷりハマることになった原体験だ。

ちなみに、今作品のミックス(繋ぎ)を担当したのは、鋭い感性を持つDJ/プロデューサーとして知られ、当時EVISBEATS&PUNCH&MIGHTYのユニットでライブのサポートも行っていたDJ Mighty Marsさん。彼のミックススキルこそが、このアルバムを名盤たらしめている。ただただ前後の曲をつなげたりクロスフェードするだけではなく、スクラッチや2枚使いといったターンテーブルテクニックや、臨場感を増すエフェクトを織り交ぜながら構築していくことで、まるでDJプレイを現場で聞いているような感覚に陥る。この“Mightyマジック”が1曲ずつの音源の心地良さを最大限引き出していることは間違いない。

EVISBEATSとPUNCH&MIGHTYのライブも最高なんよ…

彼の音楽は「許して」くれる。

この『SKETCHBOOK』というアルバムの魅力を長年ずっと言語化できずにいたけど、おそらく僕がどんな精神状態の時も不思議と包み込んでくれる懐の深さこそが最大の魅力なのかもしれないと思ってきた。もっと言うと、どんな状態の僕も許してくれるような寛大さがあるのだ。

料理している時。友達の車の中。クラブへの道中。クラブからの帰り道。自転車で通学している時。地元に帰省して散歩している時…。最低な気持ちの時。ピースな気持ちの時。暇な時。忙しい時。海。山。街…。どんなシチュエーション、どんな心もちでも包み込んでくれる。今もこの記事を書きながら改めて『SKETCHBOOK』を聴き直しているけど、今もなおスッと耳に入ってくるし、聴けば聴くほどフレッシュなインスピレーションに出会える。

そうやって僕は彼の音楽のように不思議な作用のあるビートを掘り下げることになる。そのなかで「うわあ、良い…」と心掴まれるビートは、ただ「踊れる」とか「心地良い」だけじゃなく、自分と向き合う気持ちにさせてくれたり、ひいては人生における大切なヒントを示唆してくれるような不思議な力を宿している気がする。そんなことをぼんやり感じながら好みのインストのビートを掘っていく(あるいは人から曲を教えてもらう)なかで、Budamunk、Yotaro、GREEN ASSASSIN DOLLAR、Fitz Ambro$e、ILL-SUGI、1Co. INRといった国内の著名なビートメイカーの存在を知っていくことになる。

混沌の世を、切るでも逃げるでもなく「受け入れる」。EVISBEATSの新境地。

さて、そうやって僕がビートの世界に夢中になるきっかけとなったEVISBEATSさんが、今年2月に新たなアルバムをリリースした。その名も『That’s Life』。彼のインスタのコメントは、どんなアルバム紹介よりも端的にアルバムの方向性を示唆しているので、チェックしてほしい。

ネガティブに思えることが立ち起こっても「まぁそれもまた人生さ(=That’s Life)」と言い切ることで、どことなく前向きな方向に舵を切るという逆説的な態度。これは煩悩を断ち、人の苦を遠ざけるという仏教の教え的ニュアンスが漂うわけだが、かつて『般若心境RAP』『ギャーテーギャーテー』といった曲を通して積極的に仏教とHIPHOPを交差する試みを行ってきた彼なら不思議ではない。

混沌の世の中にメスを入れるわけでもなく、悲観するわけでもなく、「That’s Life」と言い切ってしまう姿勢に、肩の力をスッと抜いてもらうような感覚さえある。アルバム17曲目『Akirame』という曲にも、ビートの後ろに某妖怪漫画家の生前のインタビュー音源が挿入されているが「この世を地獄と思って諦めることですね」と言い切るその姿勢には、アルバムタイトルに通じるものがある。悪いニュースが目立つご時世だが、EVISBEATSさんの物事の捉え方と、彼の奏でる音楽をヒントにしてみるのも良いかもしれない。

『That’s Life』収録曲
1. Arayashiki
2. That’s Life
3. After Rain Comes Fair Weather
4. Digital Detox
5. Bridge The Gap
6. Luminous
7. Shooting Star feat. 田我流
8. Himayana
9. Daydreamers
10. It’s Too Early To Tell
11. My Destiny
12. Mumokuteki
13. Love Is So Simple
14. Odaigahara
15. Nyunanshin
16. Memory Of Kaga
17. Akirame
18. We Found Love
19. Shinjo-Bushi
20. Doubt To Me

もちろん記事の前半で書いた通り無限の解釈の余地があるのがインストビートの魅力なので、これらの音源を聴いてあなたがどんな感想を持とうが自由だ。今作があなたというフィルターを通して浮き出た感情はどんなものか。ぜひじっくり味わってほしい。

Seiji Horiguchi

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