この2人は組むべくして組んだ。
anddy toy storeとip passportによるコラボレーションアルバム『JURA』を聞いて真っ先に思った感想だ。
今年3月24日に発表され、しばらくはCD限定でリリースされたのち、4月下旬からデジタル配信も追ってスタートした。
anddy toy store(以下anddy)氏は、姫路出身のMC。神戸発の個性派集団HHbush所属。耳あたりの良い低音フロウと、遊び心満載のリリックで人気を博し、若くしてRedBullのマイクリレー企画「RASEN」からも声がかかるなど注目を集めている。
一方、ip passport(以下:ip)氏は、数年前からYUNG EASY(現TAKENOKO)と共に数々のビートパックを発表し、ここ数年はKOH、C.O.S.A、MFSといったMCにトラックプロデュースを行うなど、界隈でも噂になりつつあるトラックメイカーだ。
過去にはFRESHの発表会CMの音源や、HANERU WORKSプレゼンツのトラック、またD-LEAGUEのKADOKAWA DREAMSの楽曲も手がけるなど、ダンスシーンと距離が近いアーティストでもある。
柔軟な制作で生まれたアルバム
そんな2人がタッグを組んだ今回のアルバム。
SpincoasterやFNMNLの記事によれば、anddy氏がビートのイメージをip氏に伝えてビートを組んだり、逆にip氏が作り溜めてきたデモをブラッシュアップして作り込んだりといったキャッチボールがあったことが明かされている。
聞いた感想は冒頭の通り。ずっと前から一緒にやってきたんじゃないかと思うほどに相性が良い…。
特に、アルバムリリースのかなり前からシングルでリリースされ、YoutubeでもMVが公開されていた『birdie』はしっかり飛ばされた!ip氏が得意とする夢の中のような、いわば非日常的トラックに、anddy氏の身の回りの物事、出来事を切り取った生活感の感じられるラップが絡む。
そんな「非日常×生活感」のコントラストに、気づけば夢中になっていた。
以前、Jin Dogg氏がGQ JAPANの取材で「多くのラッパーって(英語に寄せようとして)なんて言ってるか聞き取りにくいですけど、それより普段喋ってるような日本語で歌いたいじゃないですか」と話されていたのが印象に残っている。
それでいうとanddy氏はまさに話し言葉のようなラップだ。シンプルな言葉を聞き取りやすいフロウでスピットする。まるで隣に座って語りかけられているようだ。
これは簡単なようできっと相当難しいことだと思う。ダンサーにとってシンプルなノリで見せるのが一番難しいように。
この聴きやすさの正体は…?
またこのアルバムは、実にさまざまなスタイルのトラックを用いているのにも関わらず、トラックとラップが乖離せず、一貫性があって聴きやすい。
この聴きやすさの正体。それは彼らの音楽の「間(ま)」に起因しているのではないだろうか。ip氏のトラックも、anddy氏のラップも、いい意味で情報が間引かれている。それはビートの音数であり、ラップの言葉数であり、シンプルなフロウだ。
トラックのBPMが上がろうが下がろうが、リリックの内容が甘くなろうが毒を含もうが、根幹にある「間」の捉え方は変わらないように思う。
また当アルバムは11曲入りで24分。平均すると1曲2分ちょいと、比較的コンパクトなボリューム。当然このボリュームもまた聴きやすさに一役買っている。
(あくまで個人的にだが)「渾身のフルアルバム!!」と腰の入った作品だと、聴くこと自体に体力を要する。
気になるアルバムが出ても「体調良い時にでも…」「時間ある時にでも…」とプレイリストに入れたままApple Music上で”積ん読”してしまいがちなのだが、そんな僕でもこのアルバムはスルッと飲み込めて、何回かループすることさえできている。
もちろん「渾身系」が聴きたくなる時もあるが、日々の暮らしに疲弊した耳にそっと寄り添うのはこういった音楽なのだ。
アルバムティーザーもめっちゃいい。
順番が前後してしまうが、アルバムリリース前に公開されていたティーザー映像も合わせてチェックして欲しい。これまた遊び心全開だ。
なんといっても彼のMCネームが「アンディ」で「トイストア」。だからこその“あの映画”っぽさ!?と勝手に推察してしまうが、実際はもっと自由でクリエイティブな発想からくるものなのかもしれない。それはともかく、この映像の制作風景を想像しただけで微笑ましい…!
日常から滲み出るものをアートに昇華することで、現実自体を肯定するような彼らの音楽に、今後も期待が高まる。
text : Seiji Horiguchi