毎月の開催を貫くこと。それを10年続けること。そして全国の音好きを魅了してきたこと...。大阪のパーティシーンを語るうえで「HOOFIT」を避けることはできない。南海線の高架下のクラブ[NightWax]にてスタートし、その後は場所を転々としつつも、"月1"というペースを"10年間"キープしてきた。その10年間も、風営法強化、老舗クラブの相次ぐ閉店、そしてコロナ禍と、山あり谷ありであったことは想像に難くない。そんな逆境のなかでも、コンセプトである「GOOD DANCE GROOVE ALL NIGHT LONG」をキープし続け、今では関西にとどまらず日本全国を巡るほどに。このモチベーションやアイデアは一体どこから生まれるのだろう。そこで、10年間の道のりや現在の心境に迫るべく、Mash、KAZIKIYO、QUESTA、そしてDYという4人のレジデントDJへのインタビューを行った。
◉Location : [ROOT DOWN RECORDS]
◉Photo : TEIKOKU
◉Interview/Text : Seiji Horiguchi
朝までノンストップ。ダンスミュージック特化型パーティ。
宜しくお願いします。まずはHoofitを始めた経緯や、その時の皆さんの心境を教えていただけますか?
Mash : まず始めたときはこのメンバー(Mash、DY、QUESTA、KAZIKIYO)ではなく、俺とDYとヒロ(QUESTA)の3人と、あと、テルヤっていう[AZURE](現[GHOST])でバースタッフやってた奴も手伝ってもらってて。
QUESTA : キャッシャーで入ってもらっててん。いつも同じTシャツ着てる彼ね(笑)。最初はディスカウントとかフリーゲストとかもなしで。
ゲストなし!パーティの形態としては珍しいですね!
QUESTA : HOOFITを始める前から、俺とMash君で[Triangle]のルーフトップで「Breezin’」っていうパーティも2年くらいやってて。

Mash : 2008年くらいかな?その頃から風営法が厳しくなって、大阪でクラブの摘発が始まってしまって。やからクラブも夜12時とか1時とかまでで終わるところが増えてて。でも俺は「朝までできるパーティやりたいな」って思って。まずはBreezin’を一緒にやってたヒロを誘おうと思って連絡したら「俺も話あるんですよ」って言われて。その時にDYも来たんよな?
DY : 全然覚えてないっす(笑)
Mash : ヒロが「自分と同い年のDYって奴も一緒にやりたいんすよね」って紹介してくれたんよ。
QUESTA : 詳しい経緯はあんまり覚えてないねんけど、Mash君とBreezin’をやってた流れでDYも誘ってダンスミュージックよりのパーティをやりたいなと思って。Breezin’はあくまでゆるいパーティやったから、クラブでパーティをやりたいなと。たぶんそう思うタイミングが一緒やったんすよね。ちなみに俺とDYもその頃、[SOUND CHANNEL](※現[GARDEN BAR])で一緒に「FRONT STREET」っていうパーティやってて。
Mash : その頃にはもうPROPSもやってたよな?
QUESTA : やってましたね。各々がいろんなパーティに関わってて。
DYさんはQUESTAさんから誘われた形でスタートしたんですね。
DY : あんまり覚えてない部分もあるけど、当時俺がDJとして参加してたパーティはやっぱりHIPHOPを軸にしてたから「ダンスミュージックで朝まで遊ぶ」っていう軸が面白いなって思って。自分もHIPHOP以外でもかけたい曲いっぱいあったし、それを表現できる場所になるかもと思って、興味本位でやってみたって感じです。
Mash : DYちゃんって、あの時めっちゃDJやってる訳じゃなかったよな?
DY : そうすね。今の方が全然多い。やし、自分でパーティ打つ側には全然立ってなかったかな。
きっとダンスがめちゃくちゃ忙しかった頃ですよね。
(DYは2006年にsucreamgoodmanでOSAKA DANCE DELIGHT優勝)
DY : そうそう。NYでの映像作品『LINKS』もやってたし、活動のメインはダンス。その中にDJも入ってきて…っていう感じの頃かな。
「ダンスミュージック」という枠組み以外に「こういう空間にしたい」というような話はありましたか?
Mash : 俺はけっこうガチガチに決めてたで。朝まで遊べるということと、あとは「椅子を置かない」ということも。
QUESTA : そうそう。カウンターとかにあった椅子も全部上に上げて。
DY : 上げてた上げてたー!懐かしい(笑)
Mash : あとはライブとかダンスショーもなしで、オープンからクローズまでDJの音を止めない。それと[Night Wax]は広い箱じゃなかったからフードもなし。で、さっきも言ったようにノーゲスト。ただ、初期の頃はフライヤーがディスカウントカードになってて。で、そのフライヤーも店に置くんじゃなく、俺らが遊び回ってるなかで会う人会う人に渡していくスタイルをとってた。

QUESTA : 当時俺らもけっこう遊んでたからいろんな人に渡せたっすよね。いろんな場所でせっせと撒いてた。
Mash : 多い時で週5くらいでクラブ行ってたもんな。で、先輩から「ゲストとってや」って連絡来ても「フライヤーがディスカウントカードになってるんで、誰かからゲトってください」って言って。DYとヒロにも「ごねられたら俺のせいにしていいから」って言ってたな。俺が一番年上やから。
パーティはそこが難しいですよね。お世話になってる人はゲストを取りたいし、お互いにゲストを取り合うみたいな文化もありますが、それが災いして首を絞めてしまうという。でもHOOFITは、あえてゲストは取らないようにしていたと。
QUESTA : そこはもう理解してもらうようにしたね。
Mash : 逆に25歳以下の子らは1,000円にしてあげたかったんやけど、DYの繋がりで遊びに来る若いダンサーが多かったから「ディスカウントの対象が増えすぎるっすよ」って言われてやめた(笑)。
QUESTA : 若い子に優しくっていう。
DY : でもフライヤー持ってたら1,000円1Dで入れたっすからね。
良心的な価格であることも、HOOFITが世代を問わず身近な存在である理由かもしれません。
QUESTA : 毎月のレギュラーパーティやしね。
DY : 俺もレッスンで生徒1人ひとりに渡してたな。中には「すみません!遊びに行きたいって言ってる奴いるんで、もう1枚もらえないですか…?」って頼まれたりもした(笑)。
ところで「HOOFIT」というパーティ名はどのように?

QUESTA : 英語で“Hoof it”で「踊る」という意味の言葉があって。それを縮めて「HOOFIT」にした。もともとこのタイトルのミックスCDを出したいなと思って不思議とタイトルのアイデアだけ先にある状態やって。いつもミックス作る時はタイトルが決まらないんやけど、その時は逆にタイトルのアイデアだけ出てた(笑)。そのアイデアがある状態でパーティの話が出たから、そしたらこのままつけたらいいやんと思って。
イベントコンセプトにちゃんとハマった意味があったんですね!今では県内外問わず広く知られるパーティですが、始めた頃の客層だったり周りからの反応はどうでしたか?
QUESTA : とりあえず始めた頃はお客さん少なかったな。
Mash : 一回目とか全然入ってなかったで。
QUESTA : 30人くらい?
なんといってもフライヤーをお店などに置かずに、直接渡していくスタイルですもんね。
DY : あと、やっぱり初期の頃はレコ屋関係の人らが多いから自分は緊張したな。曲選ぶのにめっちゃ時間かかった(笑)。
Mash : 遊びに来る人、先輩ばっかりやもんな(笑)。
QUESTA : でもダンサーも徐々に来てくれるようになって、客層が混ざり出したよな?
DY : そうそう。混ざり出した。
Mash : でもやっぱりFRESHの生徒さんが来たのは大きかったんちゃう?oSaamとかYOHEIも来てたし。
QUESTA : 「賞金入ったんで奢りますよー!」ってよく言ってた(笑)。
DY : でも椅子の話もそうやし「お酒飲んでても踊れるように」みたいなコンセプトは強かったね。バーカンで飲んでても揺れてて音楽もノンストップやし。風営法の時はPROPSも2時3時とかに終わってましたからね。朝までやってるパーティはアメ村近辺ではなくて。やから心斎橋からちょっと離れた[Night Wax]で朝までやってるイベントっていうのが当時貴重やったんやと思う。
QUESTA : フライヤーのサイズとかデザインも最初から今の感じやったね。配りやすいように。ちなみにMash君がずっとデザインをやってます。

そうだったんですね!知らなかったです。HOOFITのフライヤーは、ひと目で分かるくらいデザインが確立されていますよね。
Mash : フライヤーのデザインがコロコロ変わるのが嫌でさ。テンプレートみたいなのを定めたいと思って。あとサイズにしても、パーティとかでフライヤー渡した時に目の前で半分に折られるの嫌やん?相手も気、使うやろし(笑)。手軽に持って帰ってもらえるサイズ感にしたかった。
QUESTA : フライヤーのデザインとサイズ感はちょっとだけ話し合ったすよね。
DY : 今でこそ定着してるけど、当時あのサイズ感のフライヤーって意外となくて。
Mash : 「普通の名刺サイズは面白くないよな」って話したり、あと分厚さもこだわった。
HOOFITのフライヤーは情報量もできる限り削ぎ落とされていますよね。必要なことはきちんと載っているけど、それ以上多くを語らないというか。いさぎよいというか。
Mash : 前提として、誰かに会った時に直接渡すことを想定してるからフライヤーにそれ以上色々書かなくてええねんな。

海外ゲストも呼んだりと豪華な回もありましたが、スタートした頃から、割とそういった外とのつながりも築いていったんでしょうか?QUESTA : いやいや、全然やってない。
Mash : でも第三回目のゲストに東京から
Masanori Ikedaさんを呼んだけどな。
DY : でもゲストに頼らず、なるべく自分たちレジデントだけでも人が入るようなものを目指したね。
Mash : ゲストを呼ぶとしても、はじめは身の回りのローカルのDJを呼ぶ。で、ちゃんとギャラを出すことも意識した。昔から、けっこうなあなあになってて「飲み代くらいは浮いた」みたいなパーティもあったけど、そこはちゃんとしたいなと思って。最低1万くらいは払うようにしてた。
DY : 「DJのギャラ」って、今でこそ普通かもしれないっすけどね。
Mash : そうそう。あの時は割とギャラとかも緩かった。みんな年が若かったのもあるかもしれんけど。
QUESTA : 今考えたら、それまで全然もらってなかったもんな。今やったらしっかり出るイベントが多いけど、当時は2、3,000円くらいもらえたら良い方やった。
Mash : そうじゃなく、ちゃんとゲストDJに一本1万円くらいをキープしたかった。代わりに自分らがギャラなしの回もあったけどな(笑)。逆にお客さんの入りが良い時は、売上からテキーラのボトルおろして振る舞ったりもしてた。20歳くらいの子も多かったけど、そのくらいの頃ってお金もないやん?例えば終電で遊びに来て、始発まで過ごさなあかんけど、2,000円しか持ってないみたいな。エントランスで1,500円払って入って、ドリチケでビール飲んだら、あと500円で朝まで過ごすしかない。それめっちゃかわいそうやん?やからそうやってテキーラふるまったり、あと個人的にドリチケ買って若い子に渡したりしてたな。その世代がパーティにこうへんかったら、みんな年寄りになっていって、しまいには人おらんくなるやん?(笑) 当時客層が若かったし、そういうのは意識してた。
クラブ閉店!パンデミック!激動の時代をゆくパーティ。
KAZIKIYOさんがレジデントDJとして入られたのは、どういったきっかけで?
Mash : 俺が2016年からオランダに移り住んで。レジデントDJが2人になんのは大変やから2人くらい誘いたいなと思って。
DY : そん時はもう[Night Wax]から場所移ってるやんな?
QUESTA : [Night Wax]が閉店して[UNION](現[mizu no oto])に変わったくらいですよね。そのタイミングでKAZIKIYOくんにお願いして。
Mash : 「僕が一旦抜けるんでレジデントとしてどうですか」と。割とすぐ「ええよ」って言ってくれたんでお願いすることになった。やから俺がオランダ行く前の最後のHOOFITは、KAZIKIYO君がレジデントの枠で、あえてゲストを俺にしてた(笑)。
Mashさんをみんなで送り出す形になったわけですね(笑)。
QUESTA : それが2016年くらい。そう考えると意外と前っすね。オランダにいる間もフライヤーはMash君が作ってたから。
KAZIKIYO : 月1くらいはFacetimeで繋いで喋ってたもんな。
QUESTA : そうそう。ミーティングしてたすね。大阪組も今もこうやって(ROOTDOWN RECORDSに)定期的に集まって喋ったりするし、そのタイミングで繋いだりして。
なるほど。Mashさんはオランダに移り住んでからも関わられていたわけですね。ただ、レジデントDJがQUESTAさん、DYさん、KAZIKIYOさんの時期がしばらくは続いたと。
QUESTA : 3年くらいかな。
DY : さらに [UNION]もなくなるって聞いて、そこから1年くらいは「移動式でやろう」って話になった。そこからは京都、奈良、神戸、堺とかいろんなところを転々としてたね。[Night Wax]も[UNION]もなくなってから、俺らがやりたい形を実現できる場所を探してた。

QUESTA : どうしよーってなってな。[NOON]だけ1年間とりあえずキープしてやったすね。
KAZIKIYO : そうやね、最適な場所が見つからずに模索してる頃はあった。
メンバーや場所が変わることも大きいですが、「コロナ禍」も多くの人にとってのターニングポイントだったかと思います。HOOFITにとって、コロナの影響や変化はありましたか?
QUESTA : んーでも、あの頃も近い人間だけでできるだけ毎月やってたね。DYは仕事の関係もあってできひんかったけど、俺とKAZIKIYO君とMash君とでROOT DOWNでやったりして。
Mash : その後も[NOON]で毎月やってるはず。何回かはできひん時もあったかもやけど、大体は毎月やね。
QUESTA : やっぱり毎月やることにこだわってたから。
あの逆境でも毎月開催するのは相当すごいと思うんですが、「月一」というペースを貫くのは、どこからモチベーションが?
Mash : なんとなくみんなの共通認識で「毎月やりたい」っていう意識があって。強迫観念にも近いような(笑)。
QUESTA : でもなんも考えず、ライフスタイルとしてって感じかなあ。一ヶ月に一回HOOFITをやるっていうのが自然で。何か特別なモチベーションがどうとかではなく。
DY : 10年続いてるからそれが普通になってるかもね。
QUESTA : よくみんなでここに集まって遊んでるし、その時に自然と「次のHOOFITどうしよっか」って話になる。それ以外にも、別の場所で俺とKAZIKIYOくんが喋ってたり、みんながそれぞれ喋ったりしてて、次にみんなが集まった時に出た話を固めたりとか。
Mash : いちいちみんなで話し合う機会を作らなくても話が進んでいくよな。たとえばレギュラーパーティをやるにあたって、月に一回くらいはミーティングの日を決めて集まって…とかあるやん?俺らはそんな感じもないから話は進みやすいと思う。

QUESTA : ストレスは全然ないっすよね。
KAZIKIYO : 「そろそろ決めなあかんよな…」っていうのはみんなあるけどな(笑)。
DY : あるある(笑)。
QUESTA : みんな毎週どっかで絶対会ってるから。続けることになんのストレスもない。辞めるとかもないし。
KAZIKIYO : 安定は求めてるけどな。場所であったり。[Night Wax]っていう場所やからこそ1,000円でゲストもなしっていうスタイルでやれてたけど、場所が変われば条件も変わるやん?その辺は安定を求めてる。
QUESTA : 場所はとりあえずずっと探してる。場所が定まってることもレギュラーパーティの良さやし。
気づけば10年。ナチュラルだからこそ続くグッドパーティ
それから10周年を記念して今年の4月には毎週の開催も敢行されたわけですが、「毎週やろう!」となった流れを教えていただけますか?
KAZIKIYO : 「やれるだけやりたいよな」「そしたら毎週やろか!」って感じ。大体周年パーティって1回きりやん?それに対して「周年月間」みたいなんをやってみたら面白いんちゃうかと思って。
Mash : ギャグやね(笑)。半分悪ふざけで。
それこそ毎回場所も変えて、ゲストも変えていって…と、準備期間も含め大変そうだと思いました。
QUESTA : [NOON]とか[Bar muffin‘]とか、ゆかりのある場所でやろうって話はあったけど、無理やった。
Mash : でも、良い感じに(場所は)散ったよな?毎回色が違う感じで。
やってみてどうでしたか?特にDYさんはダンスのゲストで東京に呼ばれて、そのまま帰ってきてHOOFIT…という週末もありましたよね。
DY : あったね(笑)。でもHOOFITに関してはさっきも言ったようにノーストレスで。「早くやりたい」っていう感覚やから。「行かな…」っていうのはないね。別に毎週苦ではなかった。

やり始めた時は10年続くとかは思っていましたか?
Mash : 全然思ってなかった!なんも考えてないよな?
DY : 考えてない。
QUESTA : 気づいたら10年経ってたくらいの感じで。
Mash : 「2024年で10年やで」って話したのがその前の年の秋やったもんな。
QUESTA : Mash君が「そろそろ備えようや」ってなって、何しようかって話をし始めたんですよね。でもあんまり何周年とかいつも覚えてないっすんもんね。
Mash : 「10」っていう数字が覚えやすいだけで、8周年、9周年とか覚えてなかったもん(笑)。
KAZIKIYO : なんもやってなかった(笑)。
Mash : 2周年とか3周年の時に、周年はゲスト呼ばずに自分らだけでやって、「みんな周年やから遊びに来てや」ってみんな来てもらって、俺らでギャラいっぱい持って帰ろ!ってしてた(笑)。
QUESTA : 今までの周年はそんな感じでしたよね?
Mash : 今回も最後の週は俺らだけでやったしな。
HOOFITのDJの順番はあみだくじで決められるのも印象的です。
QUESTA : あみだくじでランダムに決めてます。でも、くじをやった結果、オープンが続いたりすんねんな。「またオープンや!」とか(笑)。
Mash : で、3回とか4回続いたあたりで「ちょっとオープン続きすぎてるから変わらへん?」って相談したりもする(笑)。なかには用事があってオープンに間に合わん時もあったりするし。でも基本はあみだくじ!(笑)。
くじを引いて順番を決めるのは、いつまでに行うんですか?
KAZIKIYO : 前日なり、事前に決めて、当日にその夜の流れとかを考えてレコード選ぶかな。例えばオープンからいきなりHOUSEで「ドン!ツ!ドン!ツ!」って始めたりせえへんし。あとはゲストがおったりもするし。
QUESTA : 全員が時間帯に合わせてのプレイをなんとなくやれる。
それって何気なく続けられていますが、本当にすごいことですよね!
DY : 勝手にできてるのはたしかにそうやね。
QUESTA : でもDJってそうじゃない?与えられた時間に合わせてイメージして準備して。
Mash : そうやんな。
ちなみにDJをやっていて「今日の自分のプレイの出来良かった」とか「いまいちだった」とか感じるものですか?またそれはどういうラインで出来不出来が変わりますか?
QUESTA : そういうのはあるな。
DY : でもHOOFITに限らず、どのパーティでもあるよ。1時間やったら1時間、自分に与えられた時間のなかで。「今日いけた」とか「全然あかんわあ」とか。総じてDJライフじゃないけど、当たり前のことというか。
QUESTA : ダンスも一緒じゃない?「今日良かった、良くなかった」とか。
ここでの"良い悪い"とは、自分の回している感覚ですか?それともフロアの反応でしょうか?
QUESTA : 両方ちゃう?
DY : 「今日、誰々がめっちゃ良かった!」とか「飛ばしてるなー!」とか、そういうのはダンスでも普通にあるやん?
Mash : そうやんな。
確かにそうですね。それからHOOFIT×COCOLO BLANDのコラボのアパレルラインも出たこともありましたね。
QUESTA : 俺がCOCOLOで働いてたから。(COCOLOの)ハラキューさんと話すなかで、プロモーションを手伝ってくれることになって。TシャツとかCDを作ることになった。
映像も作られましたよね?
DY : あれCMやね。CM撮って。
他にそういった外のブランドとのコラボレーションはありましたか?
QUESTA : PWND(リンク)とのコラボはやったね。江ノ島HOOFITの回。

DY : でもPWNDは、でも自分らがやるっていうよりは、向こうからも「HOOFITとコラボしたい」っていうこっちに対してのアクションがあって。TAKESABUROくんと打ち合わせして一緒にやりたいってなった時に「じゃあ江ノ島でやりたいっす」って話になって。じゃあミックスも作ろうかって。
QUESTA : あと場所で言ったら和歌山[Bagus]の回もあった。
Mash : [Bagus]でやった時は、嵐やってん(笑)。風でレコード針が浮いてまう。「やばい!針すぐ飛んでまう!」って大変やった。
DY : 嵐に向かってDJするみたいな感じやったすね(笑)。
Mash : でも、あそこって半分外やから当日になるまでどうしようもないからな。次は、ピーカンの時にやりたいな。この10周年月間のなかで船でやった回もあったんやけど、その時も言うほど天気良くなかったから。またやりたい。あと船酔いとかじゃなくて、船で酒飲むとめっちゃ酔いやすかった!久々あんなに泥酔したわ(笑)。
最後の質問として「今後やってみたい場所や企画は?」と聞きたかったんですが、今日の話を聞いていると、「その時々でやりたいことをナチュラルにやっていく」というアンサーになるのかなと思いました(笑)。
DY : そうやね、この取材の中でも勝手に話が派生して「これやりたい」とか、話がどんどん脱線して進んでいったりしてるけど、そうやってみんなで話してると自然とアイデアが出てくるんよね。狙ってないというか。「やらなあかん」っていうテンションじゃないからこそ、ナチュラルにアイデアが出るんやと思う。周年で4周連続でやるとかも狙ってないし。
KAZIKIYO : そう。ただ「こんなんやりたい」「誰々呼びたい」とかアイデアだけはそれぞれが大量にあるから、「どれから実現させよかな」って感じ。
アイデアが尽きずに「やりたいこと」が出てくるのもすごいことですね。他にそういうパーティってもうないと思います。
QUESTA : 毎月やってるのはないかもね。
DY : でも今日みんなの話を聞いて改めて思ったけど、このROOT DOWNっていう場所があることはほんまに大きいと思う。ここでしゃべって自然と決まっていくことってほんまに多いから。集まったらとりあえず何か生まれるからさ。
自分が好きなことを仕事にしようとすると、ついつい金銭面のリスクや、メリット/デメリットなどにフォーカスしてしまう。もちろんそれも重要なことだが、損得勘定に気を取られているうちに、始めた時の無邪気な感覚を忘れてしまっている、といったことはよくある話だろう。HOOFITクルーが本当にすごいところは、全員が「やりたいからやってる」と、ピュアな衝動をどこまでもナチュラルに貫徹しているところだ。日々の活動や仕事のなかで窮屈になっているダンサーの方も多いかもしれないが、そんな時は一度全てをリセットして、音楽に身をゆだねる心地良さ、練習した分だけできることが増えていく身体の可能性、そして言葉を介さずに意思疎通が取れる面白さに立ち戻ってみることも必要ではないだろうか。
NEXT "HOOFIT"
◉11/27(wed) OPEN 20:00 at.[SOCORE FACTORY]
◉12/25(wed) 20:00- at.[SOCORE FACTORY]